
人間を含む哺乳類には五感のひとつである嗅覚が備わっており、さまざまな香りを認識しています。私たちはこの嗅覚を活用して色んな種類のアロマの香りを感じ取り、楽しむことができます。
アロマテラピーの歴史は古く、何千年も前から続けられており、医療の目的として使用された時期も長くありました。そのためアロマの香りは人間の精神、脳、身体に何らかの影響をもたらしてくれると推察することができますが、その詳細な働きについて科学的な分析はほとんど行われていませんでした。
しかし、近年嗅覚研究によるノーベル賞の受賞があり、嗅覚受容体遺伝子が発見されたことで嗅覚についての研究は大きく進みました。
東邦大学神経科学研究室の増尾好則氏が以下のようにわかりやすく解説しています。(https://www.toho-u.ac.jp/sci/bio/column/035599.html)
嗅覚研究でノーベル賞受賞
米国コロンビア大学のRichard Axel博士とフレッド・ハッチソン癌研究センターのLinda Buck博士は、2004年に「嗅覚受容体遺伝子の発見と嗅覚感覚の分子メカニズムの解明」でノーベル医学生理学賞を受賞しました。
この研究によって嗅覚受容体とそれを作る遺伝子は一対一の関係となっており、人間では約350種類あることがわかりました。これは人間の身体の遺伝子の約1%を占めています。
そして、その嗅覚受容体の組み合わせによって約1万種類もある香りを識別していることも明らかになりました。嗅覚受容体を発現する嗅神経細胞はそれぞれ1~2個の糸球体に投射しており、同じ嗅覚受容体を発現している神経は特定の糸球体に収束していることがわかったのです。1つの香りの分子が約350個ある嗅覚受容体のどの組み合わせに反応するかで香りの種類の識別ができると考えられます。
アロマの生体への影響
アロマが生体影響を与える経路として増尾好則氏は以下のように解説しています。
特定の嗅覚受容体を発現する嗅神経の軸索は、嗅球の糸球体に投射していて、嗅球には匂い地図がつくられています。嗅球に達した香り情報は次の神経に伝達され、大脳辺縁系に達します。大脳辺縁系は学習・記憶、情動などの機能と密接に関連している部位です。そして、香り情報はさらに視床下部に伝えられます。視床下部は自律神経系や内分泌系を支配しています。
自律神経は交感神経と副交感神経からなり、アロマの種類によってどちらに作用するかが異なります。交感神経は血流や心拍数を増加させることから、やる気の増加やスポーツ選手のコンディションの調整、副交感神経は逆に心拍数などを低下させ、リラックスしたい時のリラクゼーションに使用されています。
また、アロマは内分泌系にも影響を与えると同時に免疫機能についても影響しています。アロマの香り成分が副交感神経に作用することでリラックス状態となると、グルココルチコイドの産生・分泌が低下し、免疫機能が増強されます。
アロマの脳への影響
近年アロマが脳に影響を与える可能性について、さまざまな研究が行われており、アロマの種類によっても異なる作用があることが確認されています。昨今の研究について増尾好則氏は以下ようにまとめています。
ストレスによって分泌が促進されたグルココルチコイドは脳に作用して海馬における神経細胞の退行性変性を引き起こします。そして、ストレスが高じて海馬が委縮した状態に至るのがうつ病です。最近、ラベンダーの香りは抗うつ・抗不安作用を有することが行動科学的解析に示されています。我々は、ストレスからうつ病発症に至る過程の脳内変化を調べている際、ストレスによって生じる脳内遺伝子・蛋白質の発現変化が、コーヒー豆の香りによって抑制されることを見出しました(生物学の新知識「香りがストレスを抑制する?不眠ストレスに対するコーヒーアロマの癒し効果」)。
また、ヒノキをはじめいろいろなアロマオイルに含まれているα-ピネンの香りを嗅いだマウスの海馬では、脳由来神経栄養因子(BDNF)の遺伝子発現レベルが上昇していました。NGFRやBDNFは、神経の成長・維持に重要な役割を果たしており、その発現はストレスによって低下するため神経細胞死が起きるといわれています。このように、香りのストレス抑制効果は、実際に脳内因子の発現を変化させることによって発揮されるものであることが分かってきました。
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